むち打ち症の慰謝料額の決まり方|治療期間との関係とは?
「むち打ち症」は、交通事故被害としてよく知られた症状です。
しかし、むち打ち症は、骨折や裂傷(擦り傷)と異なり、目に見えるものではなく、「我慢すれば」そのまま日常生活ができることもあり、被害者の方が十分な治療を受けていないことも珍しくありません。
しかし、事故後にきちんとした治療を受けなかったことで、症状が慢性化し、しびれや倦怠感やめまい・頭痛といった症状に長期間悩まされている方も少なくありません。
また、事故直後に医師の診察を受けなかった場合や、治療をさぼってしまった場合には、損害賠償の面でも不利益を受けることがあります。
ここでは、むち打ち症の慰謝料額と治療期間との関係について解説します。
このコラムの目次
1.交通事故の損害賠償の算出基準
わが国の損害賠償制度は、「実際に生じた損害を填補する」ことを目的としています。したがって、物損事故などの修理代や、ケガの治療費のような、「交通事故によって発生した負担」が損害賠償の対象となります。
さらに、交通事故によってケガをした場合には、ケガをしたことによって精神的苦痛も生じます。ケガをすればケガのない状態よりも生活上の負担が増えることが一般的だからです。
そこで、この精神的な負担(苦痛)の損害賠償として慰謝料を請求することも認められています。
しかし、「人の精神的な辛さ」を客観的に判断する(金銭評価する)ことは簡単ではありません。
そこで、交通事故の慰謝料額は、実務上確立された算出基準に基づいて慰謝料額を算出することになっています。
(1) 3つの算出基準
交通事故による慰謝料の算出基準には、「自賠責基準」「任意保険基準」「裁判基準(弁護士基準)の3つがあります。
①自賠責基準
自賠責基準は、自賠責保険から損害賠償が支払われるときの算出基準で国土交通省が定めています。
【参考】自賠責保険による支払い基準(国土交通省:PDFファイル)
②任意保険基準
任意保険基準は、それぞれの自動車保険会社が定める支払い基準です(内容は公開されていません)。
③裁判基準
裁判基準は、損害賠償が裁判で争われる際に用いられる基準で、実務家の間で「赤い本」、「青い本」と通称される本で確認することができます。
実は、交通事故の慰謝料額(損害賠償額)は、用いられる基準によって異なります。自賠責基準は、本当に最低限の金額しか算出されないため最も低額で、裁判基準が最も高額な基準となります。
(2) 慰謝料額と治療期間との関係
交通事故でケガをした場合には、「入通院にかかる慰謝料(ケガをしたことに対して生じる慰謝料)」と「後遺障害慰謝料(症状が残ったことに対して生じる慰謝料)」を受け取れる可能性があります。
この受け取れる慰謝料の額とケガの治療期間には、密接な関係があります。
①入通院慰謝料と治療期間
入通院慰謝料は、治療期間に応じて増額されます。
治療期間の長いケガほど症状が重たく、精神的苦痛も大きいと考えられるからです。
自賠責基準では、「治療期間×4,300円」と「通院日数×2×4,300円」で算出される金額の少ない方の額が、入通院慰謝料として支払われます。
したがって、通院頻度が2日に1回以下のときには、治療期間よりも低い通院回数に基づいて入通院慰謝料が算出されます。
裁判基準では、入院期間・通院期間の長さに応じて入通院慰謝料の金額が算出されます。
②後遺障害慰謝料と治療期間
後遺障害慰謝料は、認定された後遺障害等級に応じた金額が支払われます。
一見すると後遺障害慰謝料と治療期間には関係がなさそうですが、実際にはそうではありません。
後遺障害等級は、書面審査によって認定されます。医療機関から提出された資料で確認できる治療期間が短すぎるときには、実際に後遺障害が残っていたとしても「非該当(後遺障害なし)」と認定されてしまうことがあるので注意が必要です。
2.むち打ち症の治療期間
ひとくちに「むち打ち症」といっても、実際には多くの症状があります。
ちなみに、「むち打ち症」というもの正式な診断名ではありません。病院では、実際の症状(の程度など)に応じて、「頚椎捻挫」、「バレー・ルー症候群」、「神経損傷」といった診断を受けます。
交通事故で生じるむち打ち症の多くは、「頸椎捻挫」もしくは「頸部挫傷」によるものです。
(1) むち打ち症の治療方法
頸椎捻挫型のむち打ち症では、自然治癒を促すために湿布薬で炎症を抑えることが最も一般的な治療方法です。損傷した頸部の負担を軽減するためにコルセットを装着することもあります。
また、バレー・ルー症候群によるときには、必要に応じて、ブロック注射や内服薬を処方することもあります。神経損傷・脊髄損傷があるときには、整形外科ではなく、神経や脊髄の専門外来での治療が必要です。
痛みの緩和には、整骨院・接骨院での施術が有効なときもあります。
柔道整復師、あんま・マッサージ・指圧師、はり師、きゅう師が行う施術にかかった費用も、必要かつ妥当な金額であれば、損害賠償として支払いを受けることができます。
(2) むち打ち症の治療期間
交通事故の損害賠償は、「交通事故によって実際に生じた損害」を填補するためのものです。事故の状況などと比較して不相当の治療・施術行為まで損害賠償でカバーされることは公平とはいえません。
したがって、交通事故によって生じたむち打ち症の治療にも、損害賠償でカバーされる範囲があります。
実務上は、むち打ちの治療期間は「3ヶ月程度」が相場とされています。損害賠償を支払う相手方の保険会社は、この相場期間を前提に示談交渉をすすめてきます。
しかし、実際の症状によっては、治療期間が3ヶ月より長くなることも少なくありません。長いケースでは、治療が1年を超えることもあります。
(3) 保険会社と「治療期間」をめぐって争いになることも
治療が長期化したときには、相手方の保険会社から、「治療費の打ち切り(症状固定)」を通告されることがあります。
しかし、保険会社から「そろそろ症状固定にしてください」と言われた場合でも、痛みなどの自覚症状があるときには、同意すべきではありません。症状固定後の治療費は、すべて自己負担が原則となるからです。
症状固定の判断は医師がすべきものです。保険会社から症状固定を迫られても、「まだ治療が必要」と医師が判断した際には、きちんと治療を続けるようにしましょう。
また、通院頻度が少なければ、保険会社は「症状が軽い(早く症状固定にできる)」と判断します。
通院が面倒で放置してしまう人も少なくありませんが、適正な補償を受けるためには、必要な治療はしっかり受けなければなりません。
3.むち打ち症の慰謝料相場
交通事故でむち打ち症になったときに受け取ることができる慰謝料は、いくらくらいになるのでしょうか。
入通院慰謝料・後遺障害慰謝料についてそれぞれ解説します。
(1) 入通院慰謝料
上の表は、むち打ち症の入通院慰謝料の相場額を裁判基準・自賠責基準で比較したものです。
「他覚症状」とは、レントゲンなどの画像診断のように「他人が見てわかる症状」のことです。実際のむち打ち症は「他覚症状がない」ことがほとんどです。
たとえば、治療期間が3ヶ月(入院なし)の場合の入通院慰謝料は、自賠責基準で378,000円、裁判基準で53万円となります。
ただし、自賠責基準の場合には、通院頻度が低いと入通院慰謝料はさらに減額されます。
治療期間が3ヶ月の場合でも、通院回数が20回(3日に1回のペース)のときの入通院慰謝料は、168,000円と半額(裁判基準の1/3)以下になってしまいます。
(2) 後遺障害慰謝料
むち打ち症は「後遺症」が残ってしまうことも少なくありません。
ここでいう後遺症とは、医師が症状固定(治療終了)と判断した後も残ってしまう症状のことをいいます。後遺障害が残ったときの慰謝料は、認定された後遺障害等級に応じて金額が異なります。
むち打ち症の後遺障害は、他覚症状があるときには12級(13号)、他覚症状がないときには14級(9号)の認定となることが一般的です。
脊髄や神経に重篤な損傷があるときには、それ以上の等級が認定される可能性もありますが、かなり稀なケースです。
後遺障害12級および後遺障害14級の後遺障害慰謝料の金額は、下の表のとおりです。
他覚症状 |
適用等級 |
自賠責基準での慰謝料額 |
裁判基準での慰謝料額 |
---|---|---|---|
他覚症状あり |
12級13号 |
93万円 |
290万円 |
他覚症状なし |
14級9号 |
32万円 |
110万円 |
金額を比べれば一目瞭然ですが、自賠責基準と裁判基準では認められる慰謝料額に大きな開きがあります。
ところで、他覚症状のないむち打ち症では、「後遺障害の有無」をめぐって相手方の保険会社と争いになることが少なくありません。上でも解説したように、「十分な治療を受けていないケース」や、「整骨院などの施術のみで対処し医師の診察を受けていないケース」では、後遺障害等級認定で「該当なし」とされることが少なくありません。
「該当なし」となれば、自覚症状が残っていたとしても後遺障害慰謝料を受け取ることはできません。
また、事故直後に医師の診察を受けていない場合にも、自覚症状と交通事故との因果関係が否定される可能性が高いです。
むち打ち症は事故直後には目立った自覚症状がなく、事故から数日経って初めて症状がでることもあります。身体(特に頸部)に衝撃を感じたときには、自覚症状がなくても必ずすぐに医師の診察を受けるべきです。
4.むち打ち症の示談交渉と弁護士
「むち打ち症の示談交渉くらいで弁護士なんて」と考えている人は少ないかも知れません。
しかし、むち打ち症の後遺障害認定は、実際には簡単ではないことが少なくありません。特に、他覚症状がないむち打ち症の場合には、後遺障害認定の手続きを相手方の保険会社に任せる事前認定で行えば、非該当となる可能性が高くなります。
実際に、自覚症状が残ってしまった場合には、きちんとした補償を確実に受けるためにも、弁護士に相談されることをお勧めします。
また、後遺障害が残らないケースでも、長期間の治療が必要なケースでは、症状固定の時期をめぐって示談交渉がもつれることも珍しくありません。
通院期間が半年を超えるケースでは、弁護士に依頼しても「費用倒れとならない」場合も少なくないでしょう。
なお、「弁護士費用特約」に加入しているときには、弁護士費用の負担を心配する必要がなくなります。
弁護士費用特約の加入状況は自動車保険の保険証書に記載されているので、一度確認されておくと良いでしょう。
5.交通事故でケガをしてしまったら保険会社との交渉は弁護士へ
むち打ち症は、骨折や裂傷のように外傷のあるものではありません。また、事故直後には自覚症状がでないこともあり油断しがちです。
しかし、事故後に適切な治療を必要十分に受けてないときには、示談交渉において不利益を受けることもあります。
また、適切な治療を受けなかったために、症状が重篤化してしまうこともあるでしょう。
保険会社との示談交渉が難航したときや、提示された慰謝料額に不満があるときには、適正な損害賠償を受け取るために弁護士のサポートを受けることができます。
被害者ご自身が必要な治療を受けられていなかったときには、弁護士が支援できることにも制約が生じてしまうこともありますので、交通事故で身体に衝撃を受けたときには、自覚症状の有無を問わず、すぐに医師の診察を受け、医師が治療終了と判断するまでしっかりと治療することが何よりも大切です。
ケガの治療をしながら、保険会社と慰謝料に関するやりとりを行うのは、非常に骨が折れるでしょう。しかし、弁護士に依頼すれば、その保険会社との煩わしいやりとりを弁護士に一任することができます。
その他、賠償金の増額を見込めるなど、交通事故の解決を弁護士に依頼することで得られるメリットは多々あります。交通事故でお悩みの被害者の方は、泉総合法律事務所の弁護士に是非ともご相談、ご依頼ください。
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